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仙台高等裁判所 昭和44年(ネ)358号 判決

控訴人

吉田朗

代理人

佐藤智彦

他一名

被控訴人

小松常三

代理人

松坂清

他一名

主文

一、本件控訴を棄却するる。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決添付別紙目録(一)記載の家屋(以下本件家屋という。)を収去し、同目録(二)記載の土地のうち原判決添付図面斜線部分(115.70平方メートル。以下本件土地という。)を明け渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係《省略》

理由

一、本件土地を含む原判決添付目録(二)の宅地がもと訴外安藤太一の所有であつたところ、控訴人が昭和三六年六月八日これを買い受けたこと(成立に争いのない甲第一、七号証によると、右売買については同年同月九日所有権移転登記手続のなされたことが認められる。)本件土地上に被控訴人所有の本件家屋が存在し、これにより被控訴人が本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

しかして、被控訴人が昭和二六年六月六日頃本件家屋を訴外降矢友治から買い受けるとともに、本件土地の所有者たる安藤太一から建物所有の目的をもつてこれを賃借したことは後記四(一)において認定するとおりであり、控訴人が本件土地を買い受けた昭和三六年六月八日当時本件家屋は被控訴人の所有名義とはなつておらず、訴外矢内鉄太郎の所有名義となつていたことそしてその後昭和三八年八月八日贈与を原因として右矢内から被控訴人に対し所有権移転登記手続がなされたことは当事者間に争いがない。

二、まず被控訴人は、昭和三六年七月初旬頃控訴人が被控訴人に対し従前同様本件土地を賃貸することを承諾した旨主張する。しかし右事実を肯認するに足りる何らの証拠もなく、かえつて後記四、(四)において認定するように控訴人は被控訴人の賃借の申出に応じなかつたことが認められるから、被控訴人の右主張は採用できない。

三、次に、被控訴人は従前有していた前記賃借権をもつて控訴人に対抗しうると主張する。よつて考えるに、建物保護法一条一項により建物所有の目的とする土地賃借権をもつてその後該土地の所有権を取得した第三者に対抗しうるためには、右賃借人が該地上に自己所有名義の登記のある建物を所有することを要するのであつて、右建物につき登記がなされていてもそれが当該賃借人以外の者の所有名義となつている場合には右法条による保護を受けることはできないものと解すべきである(最高裁判所大法廷昭和四一年四月二七日判決、民集二〇巻四号八七〇頁参照)。これを本件についてみるに、控訴人が本件土地を買い受けてその旨の登記を経由した時点において本件家屋につき被控訴人が自己所有名義の登記を有しなかつたことは前述のとおりであるから、かりに被控訴人主張の如き事情(原判決三枚目表二行目から一〇行目記載の事実および前記事実欄被控訴人主張二の(1)ないし(3)の事実)が認められるとしても、被控訴人は控訴人に対しその主張の賃借権をもつて対抗しえないものといわなければならない。よつて右主張も排斥を免れない。

四、そこで進んで被控訴人の権利濫用の抗弁について判断するに、〈証拠〉に、前記一の事実を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件土地、家屋は、いずれももと訴外安藤太一の所有であつたが、同人は本件家屋を訴外降矢友治に売り渡し、さらに昭和二六年六月六日被控訴人がこれを代金五〇万円で買い受けるとともに、その頃安藤に対し右事情を説明して本件土地につき同人との間に本件家屋の所有を目的とする賃貸借契約を締結し、本件家屋において食料品店の経営を始めた。そして被控訴人は安藤に対し継続して地代を支払い、昭和三一年一一月二六日には同年七月から昭和四一年六月までの一〇箇年分の賃料金五万円を前払いした。

(二)  被控訴人は、右買受に際し、義兄矢内鉄太郎から金一〇万円を借用したのでその返済が完了するまでの担保とする趣旨で、自発的に本件家屋を同人の所有名義としておいた(もちろん、公租公課は被控訴人において納入した。)。ところが、被控訴人は昭和二九年中に右信用金を弁済し、この時点において自巳所有名義に移転することが可能となつた(従つて実質的には右賃借権をもつてその後の本件土地の取得者に対抗することが可能となつた)にもかかわらず、法律的知識がないため依然として矢内の所有名義としていた。

(三)  安藤は金銭に窮して本件土地を含む原判決添付目録(二)の宅地110.9坪を売却せざるを得ないことになり、昭和三六年六月八日控訴人がこれを代金三〇〇万円(これは右宅地上に建物が存在することを勘案した関係上、時価の三分の一ないし四分の一の額であり、実質上借地権付の価格ともいうべきものである。)で買い受けた。控訴人は右買受にあたり、本件家屋が被控訴人の所有であり、かつ本件土地につき賃借権を有する旨の説明を受け、しかも被控訴人が本件家屋において食料品店を営んでいることも知悉していたが本件家屋の所有名義人が矢内鉄太郎であることは知らなかつた。従つて、控訴人は本件土地を買い受けるにあたつて被控訴人から賃借権をもつて対抗されることは当然予想していたところであり、これによつて控訴人が不側の損害をこうむることはない。

(四)  右買受の直前頃被控訴人は安藤から前項の売渡を理由として前払地代五年分金二五、〇〇〇円が返戻されてきたので、控訴人方を訪ねて改めて同人に対し返戻された右地代を提供して賃貸借の継続を承認するよう求めたところ、控訴人はこれに応ぜず、本件家屋を収去して本件土地を明け渡すよう求め、さらに前記宅地を現金八〇〇万円で買い取るよう要求した。これに対し被控訴人は金三〇〇万円位で譲り受けたいと申し出で、その後数回交渉を重ねたけれども控訴人は譲歩せず、かつ、被控訴人において控訴人の要求する資金の調達ができないこともあつて、結局売買は成立しなかつた。そこで被控訴人はやむなく、昭和三六年七月二三日前記五箇年分の賃料を供託した。

(五)  控訴人は、右買受当時金融業を営み、そのかたわら不動産の取引にも関与していたが、事務所や住居をもち、そのほかにも不動産を所有しており、特に本件土地を使用する必要に迫られた状態にはなかつた。このことは現在でもさして変りはない。これらの事実に、前記(三)、(四)の事実もあわせ考えると、控訴人が本件土地を買い受けた目的は、自己においてこれを使用するためのものではなく、むしろ借地人もしくは他に転売して多額の利益をうることにあつたものと推認される。

(六)  そこで控訴人は、このままでは右買受の目的が達せられないところから、被控訴人に対し本件土地の明渡を求めようと計画し、昭和三八年に入つて本件家屋の登記簿等を調査したところ、本件家屋が前記のように矢内鉄太郎の所有名義になつていることを発見したので、本件土地のもと所有者安藤太一に働きかけたうえ、他人の登記名義になつていることを口実とし、甲第四号証(昭和三八年八月二日付)をもつて安藤と被控訴人との間の前記賃貸借を解除する旨を通告させた。ついて右通告に接して驚いた被控訴人が直ちに昭和三八年八月一二日福島地方法務局郡山支局受付の登記申請書により本件家屋の所有名義を自己に移すや、控訴人は矢内鉄太郎に対し甲第三号証(同年一〇月三〇日付)をもつて、右登記名義の変更による所有権移転を理由として本件土地賃貸借契約を解除する旨の通告をし、さらには被控訴人が本件土地明渡に応じないので、これを不法占有者であるとして本訴を提起するに至つた。

(七)  被控訴人は、昭和二六年六月以来今日まで本件家屋において食糧品店を経営し、その収入により生計をたてており、本件土地を明け渡すとなれば営業上および生活上多大の打撃、損害をこうむるものと予測される。

当審証人吉田操の証言、原審および当審における控訴人本人尋問の結果中以上の認定に反する部分は措信しない。

右認定事実によると、控訴人は、本件土地を被控訴人が賃借して本件家屋を所有していることを知悉しながら、これを立ち退かせて転売するかもしくは買い取らせて巨額の利益を得ようとする意図(害意)を有していたのもであつて、長年本件土地を賃借していた被控訴人の賃貸借継続の願いに対し何ら誠意ある態度を示さず、かえつて不当に高額な価格で買い取るよう要求し、それが実現されないとなるや、たまたま法律知識を欠き、被控訴人の義兄に対する配慮の結果本件家屋が他人所有名義となつていたことを奇貨とし、自己の利益追求に急のあまり、被控訴人の立場や利益を全く顧みず、本件土地から立ち退かせようとするものであつて、その権利行使の態様は社会生活上到底これを許容することはできないものというべきである。してみると控訴人の本訴請求は権利濫用にあたるものと評価しなければならない(最高裁判所第三小法廷昭和四三年九月三日判決民集二二巻九号一八一七頁参照)。

五、以上の次第で、控訴人の本件請求は認容できないものであり、これを棄却した原判決は結局相当であつて、本件控訴は棄却を免れない。よつて控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(羽染徳次 田坂友男 佐々木泉)

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